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第2話 ラストホープ結成

Author: いろは杏
last update Last Updated: 2025-10-15 16:58:42

 序列五十位、最下位――その数字は、三人の胸に別々の形で沈んだ。猛には悔しさと意地として、青野には冷静な現状把握として、白河には身体の末端を冷やす不安として。

 講堂に満ちていたはずの期待は引き潮のように消え、残るのは冷ややかな視線の針と、教官の声だけだった。

「――特に、下位のチーム! 油断している暇など微塵もないと思え!」

 担任となる鬼瓦の視線は、的確に弱い環を射抜く。彼は群衆のざわめきから三人の反応を拾い上げ、圧力という教材がいま最も効果的に作用する標的を本能で見分けていた。

「毎学期末に序列は見直される! 結果を出せんチームは容赦なく切り捨てる! 『ラストホープ』などという名前がついたが、本当に最後の望みとなるか、あるいは最初に消えることになるか……すべては貴様ら次第だ!」

 死刑宣告めいた言葉は演出ではない。ここでは結果だけが盾であり剣だ。猛は唇を噛み、青野は小さく息を抜いて心拍を整え、白河の肩は目に見えぬほど微かに震えた。

「オリエンテーションはこれで終了だ! 各自、自分の寮の部屋を確認し、荷物を整理しろ! 明日から早速、授業を開始する! 遅れるなよ! 解散!」

 号令と同時に、椅子の擦れる音と足音が洪水のように広がった。流れに乗れない者は、いつだって少数派で自覚的だ。猛もその一人として立ち尽くす。自尊心と現実の間で足が止まるからだ。

「――あの、赤星猛くん、ですよね?」

 背後から届いた声は、相手の防御を下げる温度を持っていた。振り返った猛の前に、青野渉が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。距離を測るのが速いタイプだ、と猛は無意識に判断する。

「ああ、そうだけど……お前は、青野――だっけか」

「ええ、青野渉です。それから、もう一人の――」

 青野の視線は、出口付近で立ち止まる小柄な影を捉える。大きな眼鏡の奥で、白河ことねの瞳が不安に揺れていた。場違いという語を、彼女は自分の輪郭に貼り付けて感じ取っている。

「白河さん、でしたよね? 同じチームの青野です。よろしく」

 柔らかな声かけにも、白河の身体は反射的にこわばる。彼女の反応速度は、危険回避に最適化されている。

「………は、はい……し、白河…です……よろしく、お願い、しますぅ……」

 蚊の鳴くような声が、ようやく言葉の形を取る。会話は成立したが、交流にはまだ距離があった。

「――というわけで、我々三人が、栄えある『ラストホープ』のメンバー、ということになりますね」

 青野は苦笑を混ぜ、空気をやわらげようとする。役割を直感的に引き受けるタイプでもある。

「寮の部屋割り、確認しましたか? 他の皆さんは、綺麗な本館寮に向かってますけど――」

「……俺たちは違うのか?」

「ええ。僕たち『ラストホープ』だけは、別棟――というか、かなり古い旧寮棟だそうです。なんでも『特別指導対象チーム用』とか」

 わざとらしく肩をすくめる青野の軽さは、重い現実にクッションを噛ませる工夫でもあった。

「なんだそりゃ!? やっぱり最下位は扱いが違うってか!」

「まあまあ、ポジティブに考えましょう――別棟には他の生徒はいない。つまり、僕たちの自由な城と捉えることもできます」

「……城ねぇ……」

 猛の皮肉は、諦めではなく手触りを確かめるための独り言だ。

「とにかく、行ってみましょう。百聞は一見に如かず、です」

 促され、三人は歩き出す。白河は俯いたまま、靴音で他者との距離を測る。ついて行けている限りは大丈夫――彼女の安全基準は、今はそれだけだ。

     * * *

 本館寮から離れ、忘れられたように佇む木造の建物に、三人は辿り着いた。錆びたプレートには『西寮・旧別館』。

 窓枠の塗装は剥げ、春の風が古木の匂いを押し出してくる。ここが、意図的に視界の端へ置かれた場所であることは、誰の目にも明らかだった。

 ギシギシと軋む廊下を進み、一番奥の扉の前へ。『五十 ラストホープ』と、申し訳程度のプレートが貼られている。数字は飾っても光らない――三人とも、それを理解していた。

 扉を開けると、カビと埃の混じる匂いが鼻を刺す。狭い部屋に三つのベッドと机、古びたクローゼット。黄ばんだ壁紙、心許ない床。

 生活の立て直しは、まず換気から始まるだろう――青野はそう計算し、猛は『鍛錬の場』と無理に言い換え、白河は一歩を踏み入れる前から体温を落としていた。

「うへぇ……マジかよ、これ……」

 言葉を失う猛。これが拠点だと認めるには、少しの勇気と多くの現実感が要る。

「まあ、予想通り……いや、予想以上かもしれませんね」

 青野は苦笑し、自分のベッドに荷物を置く。

 そのとき、入口で白河が小さな悲鳴を飲み損ねた。

「ひっ……!?」

 三つのベッド――それはつまり、この狭い空間を男女三人で共用するという意味だった。彼女の脳は即座に赤信号を灯し、頬は真っ赤に、足は後ずさる。

「お、おい、白河、どうした?」

「………あ、あの……ここ……だ、男女…こ、混合、なん、ですか……?」

 震える声で、途切れ途切れに尋ねる白河。その様子は、まるで猛獣の檻に入れられた小動物のようだ。

「ああ、そのようだね――本館寮の方は男女別室らしいですから……こちらも特別待遇というわけですかね」

 青野は事実を告げ、口調に冗談を一滴だけ混ぜる。緊張はゼロか百では扱いにくい。

「大丈夫だっつうの、白河――俺たち別に何もしねぇよ、なぁ青野?」

「ええ、もちろんですとも。僕たちは紳士ですから」

「そ、そういう、問題じゃ……っ!」

 白河は両手で顔を覆いかけ、ぎりぎりで堪えると、部屋の隅のベッドへ駆け、壁に向かって体育座りでうずくまった。

「あー……こりゃ、思った以上に重症だな……」

 猛は頭を掻く。狭い部屋、男女混合、そして極度の対人恐怖――条件は揃っている。彼の胸の底から「やってらんねぇ」という声が上がるが、同時にそれを押し返す頑固な火もある。

「なあ、二人とも!」

 猛は意識して明るさを足す。声のトーンは、自分にも効く。

「決まったもんは仕方ねえ! 部屋がボロだろうが、男女混合だろうが関係ねえ! 俺たち『ラストホープ』で、絶対トップになってやろうぜ! 見返してやろうじゃねえか、エリートどもを!」

 宣言は誓いであり、同時に自分への命令だ。青野は軽く拍手する。彼は熱に水を差さず、温度を保つ術を知っている。

「威勢がいいですね、赤星くん。その意気や良し、です。まあ、トップはともかく、まずはこの部屋から脱出……いえ、最下位脱出を目指しましょうか。ね、白河さん?」

 壁に向かう白河の肩がピクリと動き、ほんの少し顔が上がる。「……はい」と小さな返事。すぐ俯くが、耳は真っ赤になっていた。返事は、彼女にとって大きな前進だ。

 前途多難――それは事実だが、困難が均一であることほど世界は退屈ではない。三人の欠点は、相互に補い合う凹凸の可能性でもあった。彼らはまだ、その噛み合い方を知らない。

 壁には、真新しい序列ランキング表。『五十位 ラストホープ』。数字は現在地を無情に示すが、地図としては有用だ。ここが出発点――そう認められる者から、物語は動き出すのだから。

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